歳はとってもとられるな

最終更新: 5月6日


その昔、制服の女の子と手をつないで歩いていれば 「青春だなぁ」 と言われたものだが、いまそんなことをしたら 「売春だなぁ」 なんて陰口をされかねない歳と風貌になってしまった。 不惑も近くなるといろいろ衰えてくる。 30代前半まで当然のように熟(こな)せたことができない。 階段を駆け上がると息切れる、徹夜ができなくなる、酒を翌日に残る、臭くなる、などは当然として、日常生活を迎えるに当たり、いろいろと不都合が出てくる。

エレベーターのドアに挟まる 反射神経が鈍くなった。 以前はスムーズに乗り降りできていたが、最近では7回に4回ぐらいはドアに挟まる。この場合、他の同乗者に失笑されるパターンと、心配されるパターンがあるが、最近の東京では無視されるパターンが一番多い。 自分の肩幅がドアに規格にあっていないんじゃないかと思ったが、残念ながら体形は普通だった。 足がもつれる 特に障害物がない舗道を歩いているだけで、どういうわけか足がもつれる。 恥ずかしいので「おっとー」とか言ってみるが、みんな無視してくれる。 そこで「なんだこの靴は」「このズボン丈あってねえな」とかつぶやきのバリエーションを増やしてみたが、誰も気にしていないことを確認した。 やはり東京は優しい街だっだ。 信号のない車道を横断するとき欽ちゃん走り気味になる たまに欽ちゃん走り気味に道路を横断するおばちゃんを見かけると「なんでああなるんだ」と腹立たしく思っていたが、気づけば自分もそうなっていた。 あまりに欽ちゃんに似ていたのか、一度、スポーツカーに乗っているカップルに手を振られたことや、石焼き芋の軽トラから拡声器で「がんばれよ」と言われたこともある。 四十にして迷わず。 不惑の意味とは何か。 すなわち、恥にも外聞にも惑わされず、開き直って生きることである。

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