5年前のBlog

最近、佃煮にするほど時間ができたので、スナック通いにかまけて放ったらかしてきた物事を一気に片付けてしまいたいと思い立った。

そのひとつにWEBサイトの作り直しというものがある。

少し前に一度着手しかけたこともあったが、そのときは高尾山の日帰り登山にかまけておざなりにしてしまった。

そうこうしているうちにコロナだ。

時間はあるが、スナックにも高尾山にも行けない。こうなればもはや心境は明鏡止水である。


さて、部屋を片付け、絨毯を買い替え、WEBサイトを8割方作り直したところで、唐突に5年前から放置しているBlogのことを思い出した。

どうせならこれも整理しようとBlogを覗いてみると、その内容に胸が熱くなった。

身の回りで日々起きたことを綴っているらしいが、ほとんど記憶にない。おそらく書かれたことは何一つ起きていない。

たぶん5年前の自分なりに瀟洒な笑い話を届けようと思って書いたのだろうが、いま読んでみると「当時はこんな作り話を必死に書かざるを得ない精神状態だったのか…」という感慨が先に来てしまい、あまり笑えない。

寺山修司がシュペングラーの『西洋の没落』から引用した言葉に「作詩されたものこそが歴史である」というものがあるが、まさにそれを地でやっていたのだから「こりゃ続かないわ」とよくわかる。


当時の自分はBlogを書いていたのではなく、「作詩」をしていたわけだ。やっぱり更新も少なかった。

しかもタイトルが「酔っ払うと頭が冴えると信じていた」。

禁煙し、酒の量を減らして本当に良かったと思う。

何より悲しいのが、その状態で5年も放置されていたことだ。

コメント欄はエロサイトの宣伝で埋まり、草むらのヒーロー状態になっていた。

これはすぐに介錯してやらなねばならない。

忘れたパスワードの再設定などを経て、5年ぶりにログインしアメブロを解約した今、あの言葉たちはそのまま彼岸へ旅立つはずだったが、枯れ木も山の賑わいという言葉もあるので、昔のBlogの記事を一部残してみた。


この記事より以前の「旧Blog」というのは、そのときのものです。

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