夕焼け

最終更新: 5月6日


いつものことだが 電車は満員だった


そして

いつものことだが 若者と娘が腰を下ろし

年寄りが立っていた



うつむいていた娘が 立って年寄りに席をゆずった


「いや、大丈夫です」


老婦人は 表情をこわばらせた


彼女が 老いに必死で逆らっているであろうことは この車両の乗客たちは 皆気づいていた

この優しい娘をのぞいて


「だから、大丈夫です」


老婦人は 腰を下ろさなかった


結局 娘が折れて 再びに席に座った


老婦人は 次の駅で 娘を睨みつけながら降りて行った


次に 横合いからひとりの妊婦が 娘の前に押し出されてきた


娘はうつむいた

だが また立って 娘は妊婦に席をゆずった


妊婦は なぜ自分が席を譲られているのかわからない様子だったが 

しばらくして 憮然とした表情になった。


「私、妊娠してません」


妊婦ではなく 単に肥えていただけだった


娘と肥えた女性のあいだには 重い空気が流れた

次の駅につくと 肥えた女性は 娘と目を一度も合わせぬまま降りて行った


ラッシュの人ごみに押され 今度は僕が娘の前に押し出された


僕は焦った


何かの間違いで 席を譲られるかもしれないからだ


娘の好意を無碍にはできないので 何とかその場から移動しようとしたとき 誤って娘の足をふんでしまった 

こんなときに限って 僕は 重い安全靴を履いていた。


「いや~すみません」


娘は 顔をゆがめながら 下を向き痛みをこらえていた

バツが悪くなった僕は 娘の前を離れた


可哀想に

それから年寄りが前に押し出されても、娘は席を立つことはなかった。


娘はどこまでいっただろう

やさしい心の持ち主は

いつでもどこでも

われにもあらず受難者となる


なぜって 優しい心の持ち主は 他人のつらさを自分のつらさのように感じるから


やさしい心に責められながら 娘はどこまでいけるだろう


下唇をかんで つらい気持ちで

美しい夕焼けも見ないで


~吉野弘「夕焼け」~

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